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3月21日 パリ→ロンドン1日目
2001年03月21日 (水) 19:16 | 編集
朝は7時起床。
ユーロスターの時間に遅れる訳にはいかない。
今日は朝ごはんを頼んでいなかったので、
朝飯抜きで7時45分出発。
いつものバスに乗るとなんと行きしな、親切にしてくれた運転手さんだった。
このバスには嫌のこともあったけど、いいこともあったのだ。
なんだか、とてもいい気持ちでパリを離れることができる。
問題なく北駅に着き、ユーロスターのチェックイン。
ユーロスターは国際列車らしく、
荷物のX線検査もパスポートのチェックもあった。
8時50分、ユーロスターに乗り込む、
チケットを買った時、おばちゃんが窓側だと言っていたので、
楽しみにしていたのだが、丁度窓のないところだった。
しかも、席が進行方向と逆を向いている。
最悪だと思いつつ、9時10分発車。
タリスの時もそうだったのだが、この手の列車は早いだけで、面白くない。
ウィーンからプラハに行く列車の眺めは良かったなあと、
思い出しながら、少しだけ見える景色を眺めていた。
ロンドンに着く少し前にチケットのチェックとパスポートのチェックがまたあった。
いくつか質問をされたのだが、一つの質問だけ
ちゃんと答えることができたかわからない。
もしかすると、「一人で来ているのですか?」という質問に、
「まだホテルは決まっていません」と言う返事をしたかもわからないのだ。
ロンドンに着く直前、なんか嫌な匂いがするなあと思ってまわりをみてみると、
近くに乗っていた日本人が正露丸を飲んでいた。
そこら一帯にあの匂いが満ちている。
隣に座っていたフランス人も「なんじゃこの嫌な匂いは」と言う顔をしていた。
フランス人には理解できない匂いだろう。結構笑える。
11時13分、ロンドン到着。
ここでも、入国審査が行われたのだが、見事に質問を突破。
時差が1時間あるので、3時間の列車の旅だったのだが、
時間的には2時間で着いたことになる。
まず、両替。150ドルのT/Cが94ポンドにしかならない。
日本円に換えると1ポンド190円くらいの計算になるのだ。
これはかなりやばい。買い物が出来なくなる。
この両替所が高いだけかもしれないので、
まだなんともいえないのだが、ちょっとこの先心配だ。
時間がはやいので、ホテルをインフォで取ってもらうか、
自分で探すか、どうしようか迷った。
11泊もするので、一度にとってしまうとはずれだった時こわいので、
とりあえず3泊取ることに。
良ければそのまま泊まればいいし、悪ければ変えればいいからである。
で、そうなるとインフォで取った方が楽なので、そうすることに決めた。
インフォで30ポンドの宿をと言うとないとの答え。
1泊5700円でないとはどういう事だと思うのだが、
ポンドが高いので、しょうがない。
35か40ならあると言うので、35を聞いてもらったのだが満室。
40ならあるらしいのだが、朝食が抜きらしい。
まあ、朝飯なんて抜いてもいいし、スーパーでもあればパンが買えるので、
朝食抜きの40ポンドでホテルを取ってもらった。
ちなみに朝食を付けると45ポンド。朝飯に1000円弱も払えるか!!!
で、ホテルの位置を聞くと町の中心からかなり近い。
交通費が浮くかも、ラッキーと思いながら、ホテルを探す。
いつもこのホテル探しで苦労するのだ。
パリでは散々な目にあったし。
ここでは、地図をくれないという、おそろしい事になっていたのだが、
少し迷っただけで、到着。今回はよかった。
チェックインを無事済ませて、部屋へ。結構ひどい。
もちろんトイレ、バスは共同なので、
なんでこんな部屋に7000円も出さなあかんねんとつくづく思う。
近い内にホテル探しをしなくてはと、心に誓った。
時間はまだ1時過ぎだ。
これからどうしようと考えるが、とりあえず部屋にいてもしょうがないので、
外に出る。
このホテル、やはり立地的には、ものすごくいい。
歩いて大英博物館に行けるし、いつものことを考えれば、
ピカデリーサーカスもトラファルガー広場も徒歩圏内である。
だから高いのかと変に納得して、
ロンドンの中心、ピカデリーサーカスへと歩く。
街に着いたらとりあえず歩くというのが、恒例になってしまった。
歩きながら、本屋に寄ったり、電気屋に寄ったり
なかなか楽しかった。
途中、「昔からここに来たかったんだ」と思い、結構感動した。
高校に行ってた頃から、ロンドンは憧れの町だったのだ。
そうしながら、かなり迷いながら、歩いていると、
いつも行くチェーンのネットカフェがあり、入ってメールを書く。
今日外に出たのはメールを書かなければならないと言う理由もあったのだ。
ネットカフェがあった場所の近くに大きな広場があり、
てっきりそこがピカデリーサーカスだと思っていたのだけれど、
後で地図を見ると、トラファルガー広場で、
しかもナショナルギャラリーが隣にあったことに気付く。
その時はどうもおかしいなぁと思っていたのだが、


ピカデリーサーカスがとても広いのだと思っていた。
とことこ歩いていると、ピカデリーサーカス本物に到着。
思ったより地域的には小さい感じだが、お店の数は半端じゃなく多い。
一番初めに目についたタワーに入り、CDを物色。
かなり高い。普通に日本で輸入を買った方が安いという、
とんでもない状況だ。
残念と思いながら、かなりお腹が減っていたので、
バーガーキングでハンバーガーを食べる。
バーガーキングは関西では見たことがないので、
いいだろうと思い入ったのだが、ただのハンバーガー屋だった。
時間も夕方を過ぎていたので、今日は帰ることにした。
いろいろ買いたいものがあったし、途中で気になるお店を見つけたら、
入らなければならないので、これくらいに帰る方がいいっだろうとの判断だった。
案の定、バージンメガを見つけ、入る。ここはセールをやっていて安い。
ラッキーだ。そこそこのCDが1枚1100円くらいだった。
買おうか迷ったのだが、今買っても荷物になるだけと思い、延期。
そこからとことこ歩き、お土産屋で買うTシャツをチェックしたり、
地元のコンビにみたいな所でタイムアウトを買って、ホテルへ戻る。
ホテルでは明日の予定を考え、本を読み、
日記を書き、お金の計算をする。
9時を過ぎたくらいに、晩御飯を駅近くのスーパーへ買出しに行った。
パリでもそうだったのだが、普通にスーパーで買い物をしている自分が不思議だ。
パスタのサラダとパン(安売り一個40ペニーを6個)と
チキンのハムをチョコシェ-キを買い、ホテルへ戻る。
部屋に帰って、晩御飯を食べて、寝る。残ったパンは明日の朝飯だ。
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3月20日 パリ6日目
2001年03月20日 (火) 19:16 | 編集
1時間30分寝坊。
7時半に目覚ましが鳴り、一度起きたのだが、
まあ今日はそんなに早くなくていいかと思い、2度寝してしまった。
しかし気付いたら、9時。
それから急いで支度をして、朝ごはんを食べ、出発。
9時40分にはホテルを出ていた。
いつものバスで北駅へ、次にRERでヴェルサイユ・R・Gへ向かう。
乗り換えの時、一度間違えて一本列車を乗り過ごしたのだが、
11時30分頃、無事到着。
書き忘れたが今日は本格的な雨だ。
こんなに降っているのは旅行中で初めてだろう。
歩いて、駅から宮殿へ。
観光地だ。日本人いっぱい。
あまり興味がないので、一番安いAのチケットを買って中へ。
今まで宮殿をいくつか見てきたのだが、
やはりここが一番すごいのだろう。
しかし、同じような派手派手装飾部屋は見たことがあるので、
もういいわって感じに。とてつもない金持ちの家という感覚だ。
庭も有名らしいのだが、雨が降っているのと、
工事してる所があるのと、異常に広いのとで、
少し(といってもかなりだが)歩いて、ヴェルサイユ宮殿を後にした。
もうこんな感じのところは行かなくていいかなと思う。
結局、こんなもん作って住んで何がうれしいねんと思ってしまう。
民主主義の世界に生まれて育ったので、なんかむかつくのだ。
今日はそのまま、同じ順路でホテルへ戻った。
帰りにはもちろんスーパーにより、晩御飯の調達。
今日はパン、チョリソソーセージ、サラダ、ポテチを買った。
部屋へ戻り、早めの晩御飯。まだ16時だ。
いつもの様にパンにチーズとソーセージをはさんでサンドイッチを作り、
サラダと昨日のコーラで晩御飯。
サラダに余ったチーズとポテチを砕いたのを入れて食べるとかなりうまかった。
サンドイッチももちろんうまい。
500円程度でこれだけの晩餐ができるなんて、幸せだ。
今日は明日からのロンドンに備えて、
町の研究をしないといけないし、荷造りもしないといけないので、
早く帰ってきたのだ。
パリはとても忙しく過ごしたので、今日の様に早く帰って、
ゆっくりするのもいいだろうと思ったし。

今日でパリ終了なので、パリの感想。
まあ何と言っても、一番大きな出来事はデジカメだ。
お金は返ってくるものの、さすがにショックだった。
それでやはりいろいろ考えさせられた。
この街ではすった人も、すられた人も悪いという感覚らしい。
取られた奴が悪いなんてどう考えても間違っていると、
取られて改めて感じる。
ここに日本人的な美学はない。(当たり前だが)
やるかやられるかと言う動物的な感覚で人々が生きてきたからだろう。
領地の取り合いで殺し合いをしてきた国なんだと改めて思う。
心の存在しない、ただ理屈が支配する町なのだ。きびしい所だ。
後、自分は民族主義者ではないのだけれど、
パリで黒人やインド人やユダヤ人やアラブ人等を見ると、
正直、かなりの違和感を感じる。
「この街はお前らの先祖が作った街と違うやろ。」って思ってしまうのだ。
黒人は、この気候ではどう考えても不自然に思えてしまう。
なんか自然ではないのだ。
一人一人違う状況の中で、ここを歩いているのだろうが・・・
まさかこんな感覚を自分が持つとは思わなかったのだが、感じてしまった。
自分は比較的左寄りの考え方を持っていたのだが、
それは所詮単一民族国家の日本にいるからなのだろう。
日本を離れ、自分が日本人なのだと言うことを痛烈に感じる。
自分は日本人っぽくないなんて思っていたのだが、
外国人から見れば、どうみても日本人だし、考え方も十分日本人である。
今は自分も日本人であると自覚している。
日本人であり、地球人なのだ。なんか、あたらしい感覚をここでもらった。
街自体の感想はというと、日本に伝わっている通りの街だと思う。
小洒落てて、ちょっとお高くとまっている感じ。あまり好きではない。
しかし、芸術関係はすごく発達していると感じた。
メトロでは楽器を持った人が演奏をして、金を集めているし、
街のいたるところで自分で書いた絵を売っている人もいる。
面白いし、こういう文化があるのはいいなぁと思う。
美術館の充実ぶりもすごい。
ルーブルはもちろん、オルセーにポンピドゥーにオランジェリ-、
ピカソもあるし、細かいのを入れると数え切れないくらいある。
凱旋門を見なくても、美術館を見るだけで来る価値はあるだろう。

と言うことで明日から、ロンドンだ。
一番行きたかった街。しかも、幸い友達もいる。
むちゃくちゃ楽しみだ。

3月19日 パリ5日目
2001年03月19日 (月) 19:15 | 編集
朝7時半起床。
今日はサヴォワ邸へ行くので、のんびりしてられない。
8時過ぎに朝ごはんを食べ、早速出発。
まず、バスでいつもとは違う停留所で降り、
メトロで国鉄のサン・ラザール駅に行く。
そこで切符を買って、ポワッシー駅へ。
切符を買う時、窓口のおねえさんに「English OK?」と聞くと、
「Offcouse!,I do.」といわれた。
日本語で「当たり前じゃなの」と言われた気がした。
こういう気持ちも伝わってくるのだ。
無事切符を買って、ポワッシ-駅到着。
近くにプジョーの工場があり、
プジョー・ポワッシ-と言う駅まであった。
ポワッシ-駅でサヴォワ邸を探すべく、地図を見ていると、
隣に日本人らしき人発見。
まさかこんなところで日本人を見るとは思わなかったので、
「どこへ行くんですか?」と聞く。
「サヴォワ邸」との答えだったのだが、よく考えてみると、
こんなところでサヴォワ邸以外の答えはありえないのだ。
目的が同じと言うことで、行動を共にした。
結局名前は聞かなかったのだが、
20歳の大学で建築を勉強している人だった。(頭はかなり良さげ)
芸術の話、建築の話、旅行の話、いろいろしてなかなか面白かった。
その人もお金をやられたらしく、なんだか仲間意識が湧く。
しかし、まだまだ20歳。青さを感じる。
浅いというとのとは違うのだが、
やはりこれからいろんな事を経験して、もっと大きくなっていくのだろう。
立派な建築家になってくれたらなあと思う。
サヴォワ邸に到着。
しかし、日本人が何人か来ている。
彼曰く、ここは建築家にとっては聖地の様なところらしい。
サヴォワ邸内に置いてあるノートにも日本人の名前が一杯あった。
なんだか、おかしな感じだ。
サヴォワ邸は結構期待していたのだが、いまいちだった。
週末住宅なので、所謂住宅ではないからだろう、
生活感というかリアリティーが全くなかった。
住宅と言うより、コルビュジェのモニュメントといった感じ。
しかし、これを1920年代に作っているのだから、
やはり、すごいことには違いない。
11時半頃にサヴォワ邸を離れ駅へ。
駅からは次に行く、サンジェルマン・ドゥ・プレの近くまで、
1本の列車で行くので、便利だ。
電車で建築家の卵の彼と話をして、
彼とは新凱旋門のところで別れた。
乗っていた列車から、メトロに乗り換え、サンジェルマン・ドゥ・プレへ。
サルトルのカフェに行きたかったのと、
近くに昨日気に入ったドラクロワの記念館があるので、
そこに行きたかったのだ。
まず、ドラクロワ記念館へ。
ここはだめだった。ドラクロワのアトリエを記念館にしているのだが、
絵が少ないくせに、他の画家の絵も多いのだ。
30分くらいで見終わってしまった。
感想に関しても、絵も少なかったので、
ドラクロワという画家をどうこう感じるにいたらなかった。
次にカフェへ向かう。
ここは絶対行きたいと思っていた場所である。
しかし、かなり入り難い雰囲気だ。
どうしようかと思って時間を見ると、もう2時を過ぎている。
ジャコメッティ-を見ないといけないので、
今回カフェに入るのはあきらめて、写真だけ撮っておいた。
その後、屋台のクレープ屋を見つけ、
クレープはパリ名物らしいので、食べておきたかったので、昼ごはん。
まあまあおいしかった。
メトロを使って、ポンピドゥーへ。3回目だ。
ジャコメッティーの展示へ直行。
ジャコメッティ-はやはり良い。
矢内原の絵は1つしかなかったのだが、
それと女の人の肖像がずば抜けてよく感じた。
後、針金の様な人の彫刻はでこぼこで細くて
本当に人を表現している様だ。
しかし残念ながら、この展示は数が少なく、質も悪いと感じた。
簡単なデッサンや下絵の様な絵がたくさん展示されていて、
完成した作品が少なかったからだ。
次にどうしようか考えるのだが、
ジャコメッティ-の横でやっている「Aneese pop」と言う展示が、
てっきりアニエスbのイベントだと思っていたのに、
実はポップアートの展示であることがわかる。
これは行きたいと思うのだが、
今日どうしてもメールを書かないといけなかったので、
朝の彼に教えてもらったネットカフェに行くことにした。
そこで、時間の許す限りメールを書く。
ネットカフェは10フランで40分と安いのだが、
5分延長したいだけでも、また10フランいるので、
時間を使い切った所で出ることにした。
つぎにホテルへ戻ろうかと思ったのだが、
ポンピドゥーは9時まで開いているので、ポップアートを見ることに。
これがとてもよかった。
大体60年代アメリカでのポップアートの展示だったのだ。
レトロフューチャーの建築の絵(ドラえもんに出てくる21世紀の世界)があったのだが、
これはむちゃくちゃよかった。すごく夢があるのだ。
自分が子供の頃、思い描いていた未来だ。
ここに原点があったのかと納得した。
後、ベルベットアンダーグラウンドのビデオやアンディーの作品、リキテンスタイン、
ビートルズのグッズや時計仕掛けのオレンジのパンフもあった。
とてもカラフルな展示にかこまれて、
ビートルズのマックのCMで使われている曲を聞いた時には
鳥肌が立ち、泣きそうになってしまった。
本当にすばらしい未来を感じたのだ。
産業革命後、急激に科学が進化し、宇宙へも行く事ができる様になり、
これからどこまでも進化すると思える世界の中で、
未来のカラフルで楽しい生活に胸を膨らませる当時の人の気持ちを感じた。
ハッピーな気持ちになった。
このような未来に期待する気持ちってのは、本当に大好きだ。
自分も常にもっていたいと思う。
そんな気持ちをもらって、ホテルへ戻る。
帰りにいつものスーパーで、
サラミとパンとサラダとコーラを買って、部屋へ。
サラミとこの前のチーズとパンでサンドイッチを作り、
サラダとコーラで晩御飯。
安いしうまいので、ここでのご飯は最高だ。
と言うことで、本日終了。
明日はベルサイユに1日使い。
明後日はロンドン上陸。
これから、明日の細かい予定を立てて寝ます。
3月18日 パリ4日目
2001年03月18日 (日) 19:14 | 編集
今日もハードな一日だった。
朝、8時起床。
美術館をまわる予定だったので、早く起きてもしょうがないのだ。
8時半過ぎに朝ごはんをたべ、レセプションでもう1日泊まれる様に、
してもらった。(21日の朝まで滞在できるように)
9時過ぎに出発。
予定より少し遅れてしまった。
今日はいつものバスがピカソ美術館の近くまで行くので、
それに乗って行く予定だったのだが、
日曜日は東駅までしか行かないと分かり、
北駅でメトロに乗り換えて、ピカソ美術館に向かう。
これはかなりの時間のロスになった。
バス1本で行く予定が2度の乗り換えを余儀なくさせられたのだ。
結局10時30分過ぎにピカソ美術館到着。
時間がないので、とりあえず見て回る。
しかし、エントランスでチケットのチェックがなかったのは、
なぜなのだろう?(チケットはカルトミュゼを持っていたのだが)
久しぶりにピカソを見たのだが、やはりすごい。
この人はどこからこのバイタリティーが出てくるのだろうと思う。
やっぱり、ピカソはすごいなぁと思いながら、
歩いていると、昔京都で見た絵と再会した。
初めて、絵画というものがすごいものだと感じた絵だった。
もう6年くらい前になるだろうか。
この絵を見てから、絵と言うものを見る様になったのだ。
とても、感慨深い。
ここでは一部ピカソ以外の作品もあったのだが、
それを見ている時に、「チェザンネ」って画家、名前は聞いた事ないけど、
いい絵を描くなぁと思ったら、「セザンヌ」と読む事が後で判明。
少しは絵のことが分かる様になったのかと思う。
ここはそんなに量があった訳ではなかったのだが、
見るのに12時半までかかってしまった。
今日はまだいくつか回らないといけないので、先を急ぐ。
次に歩いて、ポンピドゥーへ。
ここはおとといも来たのだが、今日は本格的に見ようと思う。
まず、ジャコメッティ-を見ようと特別展示の6階へ行く。
ジャコメッティ-はとても大好きな芸術家だ。
日本人の矢内原と言う哲学者と交流を持ち、哲学的対話を重ねながら、
その人の本質を作品にするという実験をやっていた人なのだ。
写実的に表現する時期があったり、抽象的に表現する時期があったり。
最後は何重にも色を塗り重ねた人物画を描いていた。
人の本質を表現するという事を自分の目で見るために、
絶対いつかはジャコメッティ-を見てみたいと思っていたのだ。
丁度、パリに来ている時に偶然やってるなんて、本当にうれしい。
そういう気持ちで6階に上がって、チケット(カルトミュゼ)を見せると、
これではだめといわれた。なんてこった。
チケットを買うためにまた1階まで降りて、あの長蛇の列に並べと言うのか。
時間と今日しなければならないことを考え、
ジャコメッティ-を明日に延期して、
今日は国立近代美術館の方だけ見ることに決めた。
ジャコメッティ-を急いで見るのは嫌なのだ。
そういう訳で、近代美術館の方へ。
しかし、ここもかなりの質だ。
はじめにマティスやシャガール、ピカソなどがある。
どれもすごい絵だと思うがピンと来ない。
毎日の様に絵を見ていると、慣れてしまうのだろうか。
次にルオーを見る。ルオーも読み方が分からず、
この人いい絵を描くなあと思っているとルオーだったのだ。
結構好きだった。
次にシュールレアリスムのダリ、エルンスト、マグリット、ミロの所だ。
布袋さんはダリが好きだし、自分のまわりにもダリが好きな人がいるので、
自分もおそらく気に入るだろうと思っていたのだが、そうでもなかった。
自分にはエグすぎる気がする。
マグリットやエルンストの方がいい。ミロはやりすぎだと思った。
後、ワシリー・カンディンスキー等のバウハウス関係
(ミースの椅子やコルビュジェの椅子などの本物)もあり、
イームズ等のミッドセンチュリーモダンの家具などもあった。
全体的になかなか面白い美術館だと思った。
プラハで会った人が、「ポンピドゥーは面白いよ」と言っていたので、
なるほどなと思う。
良かったのだが、感動というほどのものはなかった。
ここで時間は2時半を過ぎていた。
次にオルセーへ行く。
オルセーは昔神戸でオルセー美術館展と言うのに行ったので、
知ってる作品がたくさんあるはずだ。
特にゴッホの「アルルの星の夜」にはかなりの衝撃を受けていたので、
とても楽しみだった。
しかし、オルセーの前に着くと、長蛇の列が出来ている。
時間がないのに・・・と思いながら、
今日じゃないとオルセーはもうみれないので、並ぶことにする。
入場できたのが3時半前。思ったよりはやく入ることが出来た。
閉まるまでの2時間半で、精一杯絵画の鑑賞だ。
ここの絵は有名なものが多い。
一階ではコロー、ミレー、ドラクロワ、モロー等があった。
ドラクロワが気に入った。なかなかかっこいい絵である。
ミレーはかなり切ない絵だった。
この辺は中世から近代への時代なので、
写実から少し違った方向を模索している感じがした。
次に3階に上がる。メインのフロアだ。
ルノワール、モネ、マネ、そうそうたるメンバーだ。
所謂、印象派という人達である。
ここでもすごくきれいだとは思うも、残念ながら好きにはなれなかった。
とてもきれいである事は間違いないのだが・・・
ゴッホの作品もこのフロアのあった。
印象派の絵画の様に置いてあるので、変な感じだったのだが、
絵を見ていると、ゴッホが印象派の影響を受けているのがよくわかった。
まあ同じ時代の人なので、当たり前なのかもしれないが。
しかし、ゴッホはゴッホである。やはり、すごい。
アルルの星の夜は昔ほどの衝撃はないものの、
やはり、ちからを感じた。本当にすばらしい絵だと思う。
かなり長い時間ここにいた後、はずかしながら絵との記念撮影をして、
次へと向かう。
しかしここでもう閉館するとのアナウンス。
まだ、ゴーギャンとロートレックを見てなかったので、急ぐことに。
ゴーギャンは思ったよりよくはなかった。
神戸で見た絵だけ、やはりよいと感じる。
ロートレックは全体的に良かったのだが、
一つ特に気に入った絵があった。
量が少なかったので、いつかもっと見てみたいと思う。
ここで2階に下りるのだが、もう展示室はしまっていた。
作者の名前を聞く限り、興味のあるものはなかったので、
まあいいだろうと思い、外へ。6時前だ。
これからどうしようか考え、日本語でメールが出来るところがあると、
本に書いてあったので、そのネットカフェを探すことにした。
オペラ座の近くにあるらしく、そんなに遠くはないので、
歩いて探す事にしたのだが、みつからない。
地図はもちろん住所を見てもみつからない。
おそらくこの辺だろうというところを探しだしたのだが、ないので、
あきらめてホテルへ帰ることにした。
地下鉄とバスを乗り継いで、ホテルへ到着。
バスの通る道にはインド人街があり、少しおばあちゃんを思い出した。
晩御飯を買ってないので、スーパーに行こうと見ると、
閉まっている。日曜日はしまっているのだ。
日本ではスーパーは閉まらないので、
パリは不便なところだなぁと思う。
どうしようかと思うが近くにマックがあるらしいことを思いだし、探す。
少し遠回りをするが、到着。
今日も昼抜きだったので、奮発してセットとサラダを頼んだのだが、
やはり中心から外れると英語もろくに通じない事を確認した。
英語っぽいのだが、何をいっているのか分からないのだ。
58フランを払って、ホテルへもどる。
こっちのマックはかなり高い。セットとサラダで1100円だ。
部屋でご飯を食べる。
旅行中は量を食べていないので、かなりの満腹に。
サラダはドレッシングを入れてシェイクすると言う面白いものだった。
日本でも売ればいいのにと思う。
そんなこんなで本日終了。
明日は朝にサヴォワ邸へ行き、ドラクロワ記念館、
サンジェルマン・ドゥ・プレでお茶をして、ジャコメッティ-を見る予定。
かなりハードだが、どれも欠かすことは出来ない。


今日は美術館を3つも回った。
昨日のルーブルをあわせるとすごい量の芸術に触れたことになるし、
この旅行でという事になると、とてつもない数になる。
そこで思ったのだが、やはりすごいものはすごい。
有名な画家の絵には有名になるだけの力があるのを感じた。
しかし、一方で自分が好きか嫌いかは全く別のことであることも確認できた。
すごいと思っても、大好きとは言えない作品ばっかりなのだ。
今までは「すごい=好き」になるはずと思っていたのだが、違うとわかった。
今日見たモネはものすごくきれいだった。本当にきれいだと感じた。
しかし、好きではないのだ。
今までだったら、自分にはまだ「モネの良さ」がわからないのだと思っていただろう。
成長できた気がする。少し「芸術とは???」ってのが分かった様な気がしたのだ。
後、時代で言うとルーブル~オルセ~ポンピドゥーの順で新しくなるのだが、
やはり絵のも寿命があるのだろうか?
ルーブルの絵よりオルセー、ポンピドゥーの絵の方が圧倒的に力を感じた。
色褪せてないと言う単純な理由はあるのだろうが、
19、20世紀の作品には生命力を感じる。

しかし、未だに現代美術のどこがいいのかわからない。
この前のブリュッセルの王立美術館でも、
今日の近代美術館でもわからなかった。
力もあまり感じないし、バランスもよくわからない。
なんらかの理由があって、置いてあるのだろうが、
ただのがらくたにしか見えないのだ。
100年も経ったら、あの作品達がゴッホの様に思われるのだろうか???
3月17日 パリ3日目
2001年03月17日 (土) 19:12 | 編集
パリとはどんな国なのだろう。
バスの運転手さんにはとても親切にしてもらったのに、
そのバスの中で、カメラをすられる。
はっきり言って街の人は親切な人が多い。
いろんな人に道を聞いたのだが、
みんな親切に教えてくれた。
しかし、すりが当たり前にいる町なのだ。
貧富の差が激しいのだろうか。
なんだか屈折した国なんだと思う。

朝、7時30分起床。
今日は警察に行くので、寝坊はできない。
8時頃朝ごはんを食べ、8時30分くらいに出発。
まず、ホテルのレセプションで警察がどこにあるか聞いたのだが、
近くにはないらしく、パリ市街に出るのなら、
そっちで行ったほうがいいと教えてもらう。
昨日やられたバスでまず北駅へ。
やっぱり、すごく嫌な気分だ。
まわりの人がみんなすりに見える。
北駅(Gare du Nord)到着。
とりあえず、駅には絶対警察があるだろうと思い、探すのだが
わからないので、インフォで聞いて教えてもらう。
行ってみるとそこは普通の警察ではなく鉄道警察だったので、
普通の警察を教えてもらったのだが、行ってみるとしまっている。
もう一度、鉄道警察に聞いてみると、奥にもうひとつあるので、
行ってみろと言われ行くのだが、またしまっている。
もう一度聞きに行くと、ここではどうにもならない、わかとの答え。
どうなってるんだ。警察ってのは24時間営業ではないのか!
と怒りながら、もう一度しまっているドアの張り紙をよく見ると、
フランス語で月~金と書いてある。
ようやくしまっている理由がわかり、近くの東駅(Gare du L’est)へ。
ここでも、鉄道警察の人に近くの警察署を聞き教えてもらう。
ここのポリスはとても親切に教えてくれた。
少し南に行った所に警察署があり、盗難証明書を作って欲しいと頼む。
ここでは窓口の係りの人が英語ができないらしかったのだが、
自分の前に窓口で話をしていた人に通訳をしてもらった。
かなり待って、自分の番になり、
昨日の夜に「いつ、どこで、何を取られたのか」という事を書いた紙と
パスポートを見せると、すぐに書類を作ってくれた。
あんなに簡単でいいのかと思うくらい何も聞かずだった。
紙に書いて置いたのが良かったのだろう。
盗難証明書を無事手に入れ、これからどうしようか悩む。時間は昼過ぎだ。
時間が中途半端なので、サヴォワ邸へ行こうと近くの駅へ向かう。
しかし、カメラを持ってないことに気付き、やめることに。
さすがにサヴォワ邸にカメラなしって訳にはいかない。
カメラなしでもいいところを考えて、ルーブルへ行く事に。
これから行っても、十分時間はあるし、もう一度見たかったら、また来ればいいのだ。
メトロを乗り継ぎ、ルーブル美術館到着。
最初、美術館内の案内図をもらいそこねて、
何も分からず、ふらふら見回るとモナリザがあり、人がたかっている。
やはり、ここも観光地だ。絵を見る雰囲気なんてかけらもない。
アントワープの王立美術館が懐かしい。
驚いたのだが、なんと、ルーブルは写真OKなのだ。
みんなフラッシュをたきまくって写真を撮っている。(本当はフラッシュはだめ)
自分も一緒に写るのなら、まだわかるのだが、
絵だけ、彫刻だけの写真を撮ったりしているのだ。(フラッシュをたくと色がとぶのに)
どう考えても、本を買った方がきれいだろう。何を考えているのか全く理解できない。
その後、案内図を手に入れ、いろいろ見てまわる。
始めは、デジカメをすられた事ばっかり考えてしまって、
なんとなく、展示を見て歩くが全然、芸術を見る気分にはならなかった。
しかし、少しゆっくりしようと椅子に座っていると、
折角ここまで来たのに、落ち込んでいるのはもったいないと思えてきて、
すられた事は忘れようと思う様になった。一応、やれる事はやったのだ。
お金も返ってくる事だし、元気を出そうと思った。
そう思うと不思議と絵も見る事ができるようになる。
人って不思議な生き物だ。
気分も良くなり、いろいろ絵を見てまわる。
しかし、あまりの量にいい加減、中世の絵画のどこがどういいのか、
わからなくなってしまった。
正直言って、歴史的背景や宗教観が全然わからない。
しかも、自分とは先祖が違うのだ。思い入れも全くと言っていいほどない。
ルーベンスの様に、理解できる絵もあるのだが少数で、
殆どが「きれいな絵だとは思うが・・・」というものばかりだ。
自分に絵を見る力がないといわれればそれまでなのだが、
やはり、日本で生まれて育った自分には
その本質は一生理解できないのではないかと感じた。
そんなことを考えつつ、一応有名どころを抑えて、
ルーブルを後にする。時間は17時30分。
結局4時間半、ルーブルに居たことになる。
絵以外はほとんど歩きながら見るだけだったので、
その美術館の大きさがわかるだろう。
ルーブルの地下にあるMUJIで手帳のリフィール購入。
商品は全く同じなのだが、日本より20%ほど高い。
なんだが自分はかなりおかしな事をしていると感じながら、
北駅へと戻る。
フランスはとりあえず5泊予定していたのだが、
大きな事件があり時間を取ったし、パリは見所もたくさんという事で、
もう1泊追加することに決めた。
で、ユーロスターのチケット21日出発で購入。
朝9時10分発なので、ロンドンには11時10分頃到着になる。
ユーロスターに乗ってる時間は3時間くらいなのだが、
時差があるため、11時頃到着になるのだ。
結構早く着くので、その日の内にいろいろ出来るだろうと思う。
そして、例のバスでホテルへ。
やはり嫌だが、このバスが一番便利なのでしょうがない。
しかし、この路線は白人以外ばっかりだ。あやしすぎる。
ホテルの位置をうらむ。
帰りに恒例になっているスーパーへ買い物に行く。
今日は晩御飯を買っていないので、ここでの調達だ。
カメラも欲しいし、やはり近くにスーパーがあるのは本当に便利だと思う。
スーパーではいろいろ悩むが、
パン、生ハム、チーズ、サラダ、紅茶、南京錠、カメラを買った。
合計125フラン(2500円)くらいだったので、日本と同じくらいの物価だろう。
ホテルへもどり、ご飯を食べる。
おそらく今までで一番のご馳走だろう。
サラダについていたナイフでパンを切り、
チーズを生ハムをはさんでサンドイッチを作る。
それにサラダ、紅茶で晩御飯である。
パンは結構大きめだったので、ボリュームもあり、よかった。
そういえば昼飯は抜いていたのだ。
晩御飯に満足し、日記を書き本日終了。
後はシャワ-をして寝るだけだ。

パリ滞在を1日伸ばしたのは、やはり嫌な思い出を持って、
パリを離れたくないと思ったのもあったのだ。
昨日はかなりへこんでいて、正直早くパリから離れたかった。
ここにいるのがいやだったのだ。
しかし、それではバスの運転手さんの親切を無駄にしてしまうと思ったし、
折角の旅行の1ページに泥を塗ってしまうと思った。
将来、パリと聞いて嫌な思いしかないなんて、悲しすぎる。
だから、この大きな困難を乗り越え、もっと楽しもうと思ったのだ。
3月16日 パリ2日目
2001年03月16日 (金) 19:11 | 編集
パリ1日目。
デジカメをすられた。
観光帰りの満員のバスで、片手を財布、片手で手すりを持っている間に、
かばんの中のカメラを取られた。頻繁にかばんを持ったりしていたので、
本当に一瞬だ。むちゃくちゃ、くやしい。
財布とパスポートに関しては、完全に防御していたのだが、
カメラはそこまで、気にしていなかった。
取られても、大きな問題にならないとどこかで思っていたのだろう。
取られた後、こいつだろうと思う奴に聞いたのだが、知らぬ存ぜぬ、
英語は分かりませんって顔でいる。
次の停留所で降りたのでたぶんあいつだろう。
本当にパニクっていたのと、動揺で、どうしていいのかわからなかった。
ボディーチェックでもすればよかったのだろうか?
もし違ったらどうしようとか考えたら、そこまではできなかった。、
気を付けていたのに、やられたのが一番くやしい。
実質、後はパリとロンドンを残すのみなので、
写真なんて、35ミリでいいのだが、
やはりむかつくし、かなしい。
一ヶ月もヨーロッパに行くのだから、何かあるだろうと思っていたのだが、
やはりあった。さすがにへこんでいる。

朝、8時半起床。
8時に目覚ましをセットしていたので、2度寝だ。
9時頃に朝ごはんを食べに行き、出発。
まず、昨日乗ったのと逆方向のバスに乗る。
丁度このバスはバスティーユ広場までいくので、
そこからのんびり歩いてパリを観光しようと決める。
まず、バスティーユ広場からシテ島のノートルダム寺院へ、
こういうのは見慣れている。
次にポンピドゥーセンターに行き、近代美術館に入ろうとして、
カルトミュゼと言う、美術館の1日券を買ったのだが、
もう時間が昼を過ぎていたので、やめて明日以降に行くことにする。
そしてルーブルの横を通って、シャンゼリゼ通りへ。
その後、凱旋門とエッフェル塔に上り、ホテルへ戻る。
今日は長い文章を書く気にはならない。
パリの印象としては、はっきり言ってあまり好きではない。
完全な観光地である。そりゃ、すりもでるわ。
自分がやられたと思うと情けなくてしょうがないのだが・・・
どこに行っても、日本人ばっかりで、なんだかへんな感覚だった。
明日は美術館めぐりを予定している。
少しは元気になればいいのだが・・・


復活!!!
こういう時の為に、保険に入っていたのだ。忘れていた。
電話でAIUに聞いてみると、
警察に行って盗難届の様なもの出せば、
保険が降りるらしい。
何事も経験だ。明日警察に行く。

機嫌がよくなった。
起きてしまった事はしょうがない。
どれだけフォローできるかで、人の価値が決まるのだ。
英語はかなりあやしいが、なんとか盗難届をゲットするぞ!!!

3月15日 ベルギー→パリ1日目
2001年03月15日 (木) 19:10 | 編集
昨日はテレビのない部屋だったので、早めの消灯にしたのだが、
なかなか寝付けず、11時頃寝た。(と思う)
朝は7時30分起床。
この部屋は最悪だった。
ベッドのすぐ上にヒーターがあるため、
寝ている間にのどを傷めてしまったのだ。
起きてのどフレッシュをすぐしたのだが、なかなか良くならない。
8時過ぎにチェックアウトをして、出発。
昨日の夜、本を見てるとどうしてもブリュッセルの王立美術館に行きたくなったので、
早めに乗り換え場所のブリュッセルに行き、美術館を見ることにした。
タイムリミットは13時30分だ。
8時45分くらいの列車でブリュッセルへ。
9時40分頃、ブリュッセル南駅へ到着し、荷物をコインロッカーに入れ、
折り返し、中央駅へ。
中央駅のそばにある、美術館に着いたのは10時15分頃だった。
やはりここは来てよかった。
まず、20世紀のモダンアートのフロアへ。
ここはとてつもなく広く、各コーナー毎にひとつの美術館くらいのきぼがあるのだ。
ダリやマグリット、エルンスト、アンディー、キース・へリングなどがあったのだが、
ここではやはりマグリットが気になった。シュールレアリスムを感じる。
ダリは1枚しかなかったので期待はずれ。(その1枚は良かったのだが)
次に中世のコーナーへ行くのだが、ここですでに12時半を過ぎていた。
とりあえず流して見るのだが、ルーベンスのところで時間を取ってしまう。
やはり、ルーベンスは他の中世の画家とは違う。
このフロアを見たところで13時。
まだ19世紀のフロアがまるまる残っているのに、もう30分しか時間がない。
次に急いで、中世の残りを見る。
もう時間がないということで、ブリューゲルだけ見て、ここを後にした。
ブリューゲルは有名だったので、少し期待していたのだが、
あまりいいとは思わなかった。
13時15分、19世紀のフロアへ。
とりあえず、昨日のアントワープで気に入ったアンソールを見に行く。
これがとてつもなく良かった。大好きな画家だ。
ここでも言葉ではうまく表現できない。
ゴッホは本当にすごい画家だと思うが、
アンソールは大好きな画家だ。
どっちが好きかと聞かれたら、アンソールと答えるだろう。
結局、時間までアンソールだけを見ていた。
他にもいろいろあったみたいなのだが、今日はここだけでいいやと思った。
13時半に美術館を出て駅へ行き、南駅には14時頃到着した。
まだ時間があったので、家に電話しようと思うがお金が入らず断念。
さくらが元気にしてるか心配だ。
昼ごはんのホットドックを食べて、列車へ。
ここで、昨日のインフォのおねえちゃんを誤解していたことが判明。
俺はTGVに乗りたいと言ったのだが、それをTGVタリスに乗りたいと思ったらしいのだ。
タリスは特別な列車なので、ユーロパスだけでは追加料金を払わねばならない。
その金額が420BFだったのだ。そう考えると安い。
そりゃ1等にするにはお金がかかるわと思い、昨日の失言を心の中で謝った。
無事タリスに乗り、パリへ。
10000円を501フランに両替し、ホテルを取ってもらう。
ここではおねえさんの英語がよく分からず、かなり手間取った。
なんで国籍を聞くのだ???
結構安くホテルが決まり、向かうのだが、どこにバス停があるのかわからない。
おねえさんの言う通りに探すのだが、全然分からないのだ。
とりあえず小銭がいるので、マックへ入り飲み物と食料を調達。
それを手にバス停を探す。
荷物を背負ったまま、何かを探すのは本当につかれる。
いい加減わからないので、駐禁の切符を切ってる婦警らしいおばちゃんに聞く。
それを聞き、バス停へ。あった。
次にどれに乗るかだ。
とりあえず、運転手に聞くと、
どうやらこっちではなくあっちのバス停だと言ってるっぽいのだが、
しかし、確信が持てず、次のバスの運転手にも聞く。
すると、同じ様な答えが返ってきたので、そちらへ向かうことにした。
行こうと思い、バスを横切ろうとすると、バスの運転手さんが呼んでいる。
あれ???と思い、行くとバスに乗せてくれた。
どうやら、行きたいバス停まで乗せてくれるらしいのだ。
訳がわからず乗っていると、バスが回送になり、
運転手さんがバス内をチェック。
そして、新しい行き先がホテルの方向だった。
つまり、終点で折り返す所でここに行けるか?と聞いたので、
そのまま乗せてくれたと言う訳だ。
とてもいい人だ。いっぺんにパリとバスと運転手さんを好きになった。
バスは進み、ホテル最寄の停留所へ。
運転手さんに「メルシー、メルシーボク-」と丁寧にお礼をして、バスと別れる。
自分の予想ではここからすぐにホテルを見つけ、
チェックインを言う予定だったのだが、そうはいかなかった。
どこにもホテルなんてないのだ。
とりあえず、近くを探してみるのだがない。
どうしようもなくなり、タバコやのおにいちゃんに聞いた。
すると、どうもそっちにはないだろうと言う方向っぽいのだ。
地元の人なんだから、間違える訳はないと思い、そちらへ。でもない。
なんがか遠そうな雰囲気だったなあと思って、しばらく歩いてみたら看板発見。
やった!!!と思い近づくのだが、全然ないのだ。しかも雨まで降ってくる。
しかし、矢印が付いているのでそっちへ行くのだが、ホテルがありそうな気配はない。
どうしようかうろうろしている内に次のバス停まで来てしまっている。
もう最後はタクシーだと思い、
どっちを指しているのかすらわからない矢印を信じて歩く。
ホテルを見つけた!!!しかもそのホテルっぽい。
しばらく歩きそこと確認して、一安心。
しかし、バス停からむちゃくちゃ遠いやないか!!!
ジャロに訴えるぞとか思いながら、チェックイン。
しかしレセプションの人はやさしい感じの人で、
雨だったでしょうとか、ホリデイですか?とか声をかけてくれて、
なんだかうれしかった。
聞いてもいないのに、回って来た街を全部言ってあげた。
チェックインを無事済まし、部屋で荷物を置いて、
隣にあるスーパーへ買出しに行く。
このホテルは一泊5000円くらいなのに、クリーン&セーフティー、
しかも隣にスーパーがあるので、とても気に入った。
街の中心から遠いのが、玉に傷だが、時間はあるので問題はないだろう。
5泊取ったのだが、もしかするともう一泊増やすかもしれない。
スーパーは本当にダイエーの様なスーパーでいろんなものが置いてあり、しかも安い。
水とコーラを買って、ホテルへ戻る。
もっと買おうかなと思ったのだが、また明日買えばいいのでやめた。
ご飯を食べて、お金の管理、日記を書いて本日終了。
この後は洗濯だ。

2月28日 出発
2001年02月28日 (水) 21:59 | 編集
西宮北口からエアポートリムジンで関空へ。
途中、ユニバーサルスタジオが見える。
帰るころにはオープンしているのだろう。
関空でキャセイのカウンターへ入るのに、
並んでいると、荷物を見ていて欲しいと声をかけられる。
いきなり関空で友達ができた。
いろいろ話をしているとかなりマニアックで面白い人のようだ。
いきなりこんな人と出会えてとてもラッキー。
その子はロンドンに1ヶ月行くということで、
ロンドンで行動を共にする約束をする。
飛行機に乗り、まず香港へ。
物心がついて、初めての飛行機だったのだが、
あの離陸時の加速感と旋回時の浮遊感はたまらなくいい。
しかし、だんだん気分が悪くなり、しんどくなってしまう。
次のフランクフルトへのフライトがかなり不安だ。

DCP_0089.jpg


香港で友人と別れ、フランクフルトへの飛行機に乗りこむ。
12時間のフライトなのだが、幸い10時間分の記憶がない。
途中機内食が2回出たのだが、どちらも食べないでいると、
となりのおじさんおばさんやスチュワーデスさんが心配してくれた。
なにを言っているのかわからなかったが、うれしかった。
フランクフルトに到着し、荷物を取って、
バスツアーの集合場所である、インペリアルホテルを目指す。
地下鉄の乗り方がわからなかったのだが、
おそらくこれだろうと言う切符を購入。
自動改札ではないので、未だにあの切符であっていたのかわからないのだが・・・
フランクフルト中央駅に到着し、ホテルを探す。

DCP_0091.jpg


少し迷いながら、なんとか到着。
とてもきれいなホテルだ。ロビーでうろうろしながら、
待っているとガイド方が登場。はげている。
時間になり、バスに乗って、ハイデルベルクへ向かう。
ハイデルベルクは正に観光地だ。日本人ばっかりいる。
ここは外国なはずなのになぁと思い、観光。
ハイデルベルク城を見て、市街に入る。
かなりべたな観光だ。

DCP_0095.jpg


DCP_0098.jpg


DCP_0106.jpg


次にローテンブルクへ、ここも観光地。かなりかわいい街だ。
中世の街並がそのまま残っているらしい。
日本人がたくさんいる。
市庁舎や展望台などに行き、肉屋のソーセージを食べる。うまい。
つぎにマックでコーヒーを飲んで、犯罪博物館へ。
ここにはたくさんの拷問道具が置いてあるのだ。
ここに連れて来てあげたい人が2人いる。

DCP_0114.jpg


DCP_0129.jpg


その後、ワインの試飲をして、ワインと絵葉書を買い、バスへともどる。
そして、ミュンヘンへ。
シティーヒルトンで解散し、日本で取っておいたホテルを探す。
また地下鉄に乗ったのだが、
どのチケットを買っていいのか分からず自動販売機の前でなやんでいると、
おじさんが地下鉄パンフをくれた。いい人だ。
無事地下鉄に乗り、中央駅へ。
駅で晩御飯のパンとコーラを買って、
少し迷いながら、ホテルを見つけて、チェックイン。
見事にチェックインできた。俺の英語力もなかなかだ。

DCP_0141.jpg


DCP_0142.jpg


そんなこんなで1日目終了。
実際時間的には2日半なのだが・・・ 長かった。

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